2011年10月30日

シャコンヌ 〜J.S.バッハ作品集 1(ギター編曲)

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…




シャコンヌ 〜J.S.バッハ作品集 1

日本を代表するギタリストとして、1955年大阪生まれの福田進一は最有力候補。
円熟の域に達した彼が、2011年からバッハ・チクルスを開始しました。
その第1弾をご紹介します。

シャコンヌの原曲は、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番BWV. 1004」ということで、ヴァイオリンの曲です。

それを、ギターでシャコンヌ。想像するだけでその音色に期待が膨らむのですが、期待通りというか、予想を超えるというか、この音色は絶妙。
現代のヴァイオリンなんかだと、結構ドラマティックに演奏されることも多いシャコンヌですが、
バッハの時代ならヴァイオリンももっと音量が控えめだっただろうし、
チェンバロやリュートで演奏したかも知れない。
そんな想像をしながら聴くと、なんだかしっくり来る気がします。

続編が楽しみです。


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2011年01月25日

カプースチン:8つの演奏会用練習曲

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

カプースチン:8つの演奏会用練習曲
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ひょんなことで、異様にテンションの高い評価が沢山あることに気付いたので、紹介します。
20世紀ソ連ーロシアの作曲家、カプースチンです。

「いやー、こんなにかっこいいピアノは初めてです。」
「個人的には最近5年間で最高にハマった1枚です。」
「1年間探し続けてやっと巡り会えた」

1961年モスクワ音楽院卒業なので、スターリンが死去した後の時代、ブレジネフの停滞の時代に活動を開始した作曲家です。
ソ連というとジャズのような「廃頽的な」音楽は規制の対象のようなイメージがありませんか?
ソビエト中を演奏旅行するジャズ・オーケストラなんてものがあって、そのピアニストだった人です。1980年以降、作曲に専念するようになりました。

2000年に初盤が発売された時、かなりの衝撃を持って迎えられ、当時の音大のピアノ科生徒が夢中になって楽譜を探し回っていたそうです。
確かに、聴くより弾く事が楽しそうな、カッコいい曲です。

女優の松下奈緒が音大生だった頃、卒業演目に選んだというエピソードもあります。

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2011年01月21日

リヒャルト・シュトラウス「アルプス交響曲」

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

リヒャルト・シュトラウス「アルプス交響曲」ルドルフ・ケンペ指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
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前回、ワーグナーで「機能和声」を取り上げましたが、その続編のつもりで。

リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」を紹介します。
リヒャルト・シュトラウスはワーグナーより51年後に生まれた作曲家ですが、「機能和声」を極限まで使いこなした作曲家です。そして、大層な自信家だったようです。

シュトラウスは、「私には、どんな些細なことでも音楽で表現できないものはない」と豪語したと言われるくらい、情景を音で表現してみせることに長けた作曲家で、数多くの有名な標題音楽を残しています。

「アルプス交響曲」も完全な標題音楽で、具体的にアルプス登山の光景をスケッチしたかのように、具体的な22の表題がつけられています。

「日の出」
「登山口」
「小川に沿っての歩み」
「滝」
「危険な瞬間」
「日没」

など。

ガイドブックを見ながらアルプス交響曲を聴いてみたら、アルプス登山をバーチャル体験できるかも知れませんよ。

CDは、定評のあるルドルフ・ケンペ指揮 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団をお勧めします。EMI特選、まさに名盤です。
大袈裟にならず質実剛健な響きで、落ち着いて「アルプス登山」ができます。

解説本として、ここで敢えてスコアをお勧めします。ここには、アルプス交響曲の作曲された背景事情や、場面ごとの詳しい解説が載っています。
解説だけでも、目にする価値がありますよ。
更に、具体的に楽譜を見れば、「ああ、こうやって夜明けが近づいてくるんだな」「いよいよ日の出だ」など、表題音楽ならではの楽しみ方ができます。
小説みたいですね。



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2011年01月20日

ワーグナー:歌劇 - 管弦楽曲抜粋集

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…


ワーグナー:歌劇 - 管弦楽曲抜粋集

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ワーグナーといえば、全編演奏すると4日間かかる『ニーベルングの指環』はじめ、壮大な舞台歌劇を思い起こし、「お腹一杯」なイメージが湧いてきませんか?
多分その理由は、曲の壮大さもさることながら、「機能和声」というキーワードも関わってくると思います。

「機能和声」とは、簡単に言ってしまうと、音の組み合わせ方(コード)と、その進行のパターンごとに、メッセージを秘めているということです。
こういう和音からこういう和音に変化させると、「緊張」を意味する、など。

ワーグナーは、音楽史上「機能和声」を最も極めた作曲家の一人で、ワーグナーの歌劇を聴いていると、場面の展開にあわせてテンポよく音楽が変化していきます。

このCDは、20世紀を代表する大指揮者クラウス・テンシュテットとロンドン・フィルによる、ライヴ録音です。
舞台のような輝きと重厚感に満ちていて、舞台を見ている気分にひたりながら、音楽の変化に耳を傾けてみてください。

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2010年12月28日

ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 ローマ教皇ベネディクト16世のためのコンサート

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…





年末なので、いきおい第九のプロモーションが増え、第九が好きな私としては嬉しいことです。
 「ローマ教皇ベネディクト16世のためのコンサート」を取り上げてみたいと思います。
2007年10月27日に法王ベネディクト16世臨席で行われた記念コンサートです。

演奏ですが、まずは迫力と緊張感がみなぎっているという第一印象。第一楽章の冒頭からフィナーレまで、心地良い圧倒感に浸れます。
そして、演奏の伸びやかさ。重々しさやテンポを揺さぶるやり方とは対極の表現をとっています。
全体的に、アクセントの効いた弾むような演奏なので、それが若々しい印象や緊張感につながっているように感じます。
法王を前にしているから、というのは影響しているのか?

DVDには、マリス・ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団によるベートーヴェン「第九」のほか、バックステージを撮影したドキュメンタリー、インタビューも収録されています。
日本語字幕付き。

法王の姿を間近に見ることができる、いい機会かも。


 
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2009年07月01日

ブルックナー 交響曲第7番

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…




ブルックナー:交響曲第7番
マタチッチ(ロヴロ・フォン)

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
作曲: ブルックナー

ブルックナーの第7番と言えばマタチッチ。
マタチッチは何度も来日しN響を振り、「N響 伝説のライヴ マタチッチの芸術」なるシリーズのCDがあります。
豪快でエモーショナルな演奏が、当時の音楽界に旋風を巻き起こしました。音楽評論家宇野功芳氏の歴史的な証言があります。
「1965年秋、スラヴ・オペラの指揮者として初来日したときのマタチッチの≪ボリス・ゴドゥノフ≫は、日本のクラシック音楽界を震撼させた。誰よりもおどろいたのは指揮されたN響であった。全楽員が心酔、翌年からの度重なる来日公演が始まったのである。当時マタチッチは60代の半ば、脂の乗り切った全盛期にあり、巨体からくり出される音楽の巨大さ、その凄まじい熱気は比較するものとてなかった。とくにワーグナー、ブルックナー、チャイコフスキー、そしてベートーヴェンの迫力は東京文化会館や東京厚生年金会館が吹っとぶのではないかと思われた。そのN響とのライヴ録音が初CD化される。まさにレコード界の一大快挙である。わけてもベートーヴェンの1番、7番、ワーグナー・アーベント、チャイコフスキーの≪悲愴≫などのものすごさは文章にするのもおろか、実際に自分の耳で確かめていただくしか方法がない。」(宇野功芳)

このブルックナーはマタチッチらしく豪快で、逞しく、気持ちよく盛り上がります。
それと共に、実に深い呼吸で演奏されていて、特に前半の2つの楽章は他の演奏に比べて桁外れにスケールが大きい。これを聴かずして第7番は語ることができません。
どこにも緩みがないのはもちろん、音楽の持つ巨大なエネルギーの放射がすばらしい。
レーヴェ&シャルクの改訂版を使っていて、至る所でオーケストレーションが変更されています。
すぐ聴き分けられるのはティンパニーで、ティンパニーの「どかどかどろろぉぉぉぉん」という響きが笑えてしまうほど沢山出てきます。
おそらく実演でこれを聴けば、その効果は言語を絶したに違いないでしょう。



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2008年02月04日

シューベルト 交響曲第8番「未完成」

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

シューベルト 未完成
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作曲: シューベルト
指揮: ヴァント(ギュンター)
演奏: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

シューベルトの「未完成」は、なぜ未完成なのか。
第2楽章まで書き上げ、第3楽章の9小節で終わってしまう。

明確な答えがないだけに、色々な説があります。
第1楽章と第2楽章を両方とも3拍子で書いてしまったため、スケルツォつまり3拍子とするべき3楽章が書けなくなった、という説もありますが、果たしてそんなことがあり得るのでしょうか。交響曲とは、4楽章構成にする構想であったなら、まず各楽章の組み合わせ方を最初に考えてから書くもののようです。

いずれにせよ、完成した1〜2楽章が美しく、またそれだけで十分に演奏時間がかかるため、演奏会のプログラムに載せるに支障がないですし、皆に愛されて名曲になりました。

みずみずしくロマンティックな曲想でありながら、常に緊張感と厳しさが漂うのは、今日紹介するヴァント+ベルリンフィル管弦楽団の演奏。
凛として引き締まった演奏の中から、旋律がもつこの曲本来の叙情的な香りが漂ってくるよう。

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2008年02月03日

ショスタコーヴィチの交響曲

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

ショスタコーヴィチ 交響曲全集
ショスタコーヴィチ 交響曲全集
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「ベートーベンが本質的にフィジカルな作曲家だとすれば、ショスタコーヴィチはメンタル」。
指揮者セミョーン・ビシュコフはこう言いました。
彼に言わせると、ショスタコーヴィチは「ストリート・ミュージック」だそうです。
つまり、一般市民の日常生活、ヒューマニティを音楽で描いたと。
確かに、ショスタコーヴィチは前衛音楽家ではなく、また交響曲には何かしらの「物語」が込められている訳で、では何を語っているのか、ということに対するひとつの解釈ではあるでしょう。

ソヴィエト当局から厳しく批判された1934年以降の交響曲を見てみると…

交響曲 第4番
初演の予定を自らの判断でキャンセル。

第5番
絶賛され名誉回復。

第6番〜第8番
戦時中のシンフォニー。対話的書式で、聴衆(つまり政府当局?)に分かりやすい音楽。覚えやすいメロディーと規則正しい音符の連続。意図的な単純さ。
彼が凄いのは、こういった制約を自ら課しながら、深みのある音楽に仕上げてしまうこと。

第9番
戦勝を祝う勝利の第交響曲を期待されながら、みごとに肩透かししてみせる。
意図的な単純さの中に、ありとあらゆるパロディーや皮肉を次々と入れ込んでみせる。さすがに当局にもバレ、ジダーノフ批判で窮地に追い込まれる。

第10番
このブログでも書いたことがあるが、スターリン賛歌を装った標題もいれてみせるが、実は「DSCH」(D.Shostakovichのイニシャル。D=レ、S=ミ♭、C=ド、H=シ)の音形で謎めいたメッセージを含ませている。

第11番〜第14番
しばらく標題音楽の形式による表現。

第15番
再びクラシカルなスタイルに戻る。ロッシーニ、ワーグナー、自作などの引用。

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2008年02月02日

モーツァルトの交響曲

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…






モーツァルトの交響曲は、作曲された場所によって二種類に分類することができます。
都市から都市へ、流浪の旅を続けながら作曲されたものと、ザルツブルクに定住し、有力者のために作曲されたものです。

旅先で書いた交響曲は、限られた滞在期間に、その場で遭遇する何かの目的のために書かれました。
ザルツブルク定住時代は、前もって分かりきっている、当地の有力者に売り込むために書かれました。

どちらにしても、モーツァルトの音楽は、ご当地の事情のために書かれた、「ローカル」な音楽と言えます。
ご当地の方々に対し、モーツァルトはその天才的なアイデアをもとに、当時の音楽語法を駆使し、言ってみれば、一般ピープルにも分かる話し方で、しかし、今まで聴いたことがない、意表をついて驚かせるために趣向を凝らして、交響曲を作って行ったのです。
が、残念な事に、聴く人々にとって理解がついていかず、サービスのしすぎで逆に疎まれてしまい、モーツァルトもモーツァルトでますます意固地になって奇抜な?アイデアを次々に盛り込み、悪循環を続けていったようです。

そして、そのまま失意のうちに亡くなってしまいました。

どの曲が、どちらにあてはまるのか、その地の事情はどうだったのか。
ローカルな事情を踏まえながら、モーツァルトを再考してみませんか。



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2007年12月06日

レナード・バーンスタイン「オムニバス〜音楽のよろこび」

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…


オムニバス〜音楽のよろこび


画像クリックでDVD情報が見られます。


レナード・バーンスタインの名前を知らない人は、まずいないでしょう。
知らない、という人も、ミュージカル『ウエスト・サイド物語』の作曲者といえば、親しみが湧くでしょうか。

作曲家であり名指揮者、ピアニストでもあり、そして熱心な教育者。
「皇帝」カラヤンと同時代を生き、比較される「スーパースター」バーンスタインは、本人は作曲家として歴史に名を残したいと終始願っており、そのためのまとまった時間が欲しいと思っていたにも関わらず、ほとばしるエネルギーと人好きのため、指揮を始め多様な仕事を請けて悔いる、という人生を歩み続けた人でした。

音楽そのもの、音楽のすべてを愛した人だったと言えるでしょう。

そんなバーンスタインが、シナリオからレクチャーまですべてをこなしたテレビ番組が、「オムニバス〜音楽のよろこび」です。足掛け5年に渡り、全7回が記録されています。

1. ベートーヴェンの「第5交響曲」
2. ジャズの世界
3. 指揮法
4. アメリカのミュージカル
5. 現代音楽入門
6. ヨハン・セバスチャン・バッハの音楽
7. 何がオペラを大きくしているか?

どの回をみても、いかに分かりやすく、音楽の素晴らしさを聴衆に伝えようか、という熱意に満ちていて、ハートが伝わってきます。

例えば「第5交響曲」の回では、スタジオの床に大きな五線譜を描き、その上にそれぞれの楽器をもった楽団員を配置し、彼らを順番に退出させながら、ベートーベンがどのように推敲を重ね、結論に至ったかを分かりやすく解説してみせています。

「オペラ」の回では、オペラ『ボエーム』第3幕を、まず音楽なしの台詞だけでやってみせ、次に音楽つきで再現することで、オペラの何たるかを実感させてくれています。

オーケストラの指揮の最中に、思わず飛び上がったまま舞台から転げ落ちるような、熱いハートの人、バーンスタインその人を、DVDで見ることができます。
クラシック音楽の素晴らしさをハートで感じたい方は、是非この「名作」をご覧下さい。



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カラヤン:ショスタコーヴィチ交響曲第10番

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

ショスタコーヴィチの数ある交響曲のうち、カラヤンが演奏したのは、交響曲第10番だけです。何故でしょう。
ショスタコーヴィチの作品には、どうしても政治的な色が見えてしまいます。音楽の背後にあるニュアンスが、カラヤンの美学に合わなかったのかも知れません。

ショスタコーヴィチの交響曲第10番は、ちょっとしたエピソードを持っています。
カラヤンがベルリンフィルを引き連れてモスクワ音楽院大ホールに乗り込んで演奏した時のことです。
客席で聴いていたショスタコーヴィチ本人が、演奏後感激のあまりステージに上る、という「ハプニング」が起こりました。
演奏を聴いてみると、カラヤンにとって交響曲第10番は、音響的に、演奏のし甲斐がある一曲だったのではないかと思います。


いつものカラヤンとベルリンフィルの演奏からは容易に想像できないほどに鮮烈でスピード感とキレ のある演奏が聴かれ、
ここでは持ち前のレガートを駆使したリッチでエレガントな表現に代わって、整然としたアンサンブルの中にも戦慄的な緊張感の漂う表現が貫かれていて、
その激烈なまでにアグレッシヴな追い込みは、聴いていて痛みと恐怖を感じるほどであり、カラヤンがこれほどまでに恐ろしい演奏をすること があるのかと、
ただただ驚くばかりでした。


< p>【 カラヤン指揮のバッハとショスタコーヴィチ,モスクワライヴより引用】


人によってはこれがカラヤンのベストと言う人もいるくらいで、演奏の水準は非常に高いです。きちんと設計され、意味づけされ、ミスもなく、名演と言っていいでしょう。
確かにカラヤンの別の一面を覗かせるような演奏だと思います。が、それと同時に、良くも悪くもカラヤンらしい、カッコいい、スタイリッシュな、流麗華美な演奏でもあります。
ベルリンフィルの高い技術力に裏打ちされ、表現からは政治色が排された機能的な演奏を聴いて、ショスタコーヴィチも胸のすく思いだったのかも知れません。
当然ロシア臭くもなく、第2楽章の「スターリンの肖像」と言われるモティーフも、あまりスターリンらしくありません。




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2007年11月27日

ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 op.104

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調
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チェロ協奏曲 ロ短調 op.104
アントニン・ドヴォルザーク
小澤征爾指揮
ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチ(Vc.)
ボストン交響楽団
1985

Concerto in B minor for Cello and Orchestra, Op. 104
Antonín Dvořák
Seiji Ozawa
Мстислав Леопольдович Ростропович(Vc.)
Boston Symphony Orchestra
1985


古今のチェロ協奏曲の傑作として知られる、ドヴォルザークのチェロ協奏曲です。
交響曲第9番「新世界より」がアメリカで書かれたように、この曲もアメリカで作曲されました。アメリカの黒人霊歌や民俗音楽の要素が色濃く盛り込まれています。

この曲の面白いところは、完成間もなくドヴォルザークがチェコに帰った後、ボヘミアで最後の部分が大幅に書き換えられたことです。激しいテンポアップとともに、第1楽章の回想と、ボヘミアの香りのする歌曲の旋律が追加されました。聴く者にとっては、曲の大詰めでいやと言うほどの魂の叫びを浴びせかけられます。
土臭く郷愁に満ちたこの曲を聴いたブラームスは 「チェロでこのような曲が書けると知っていたならば、私が書いていたであろうに」 と感嘆したと言うエピソードは有名です。
美しいメロディーを作り出すことに大変な労苦を必要としたブラームスは、弟子ドヴォルザークが次々と美しいメロディーを生み出すので、その才能を羨望していたようです。

今回ご紹介する「名演」は、ロストロポーヴィチ自身が会心の演奏だと認め、今後この曲は一切録音しないと言った、巨匠「自薦」の演奏です。
ロストロポーヴィチは親日家で、よく日本を訪れてくれました。日本全国をめぐるキャラバンコンサートを何度も行っており、阪神・淡路大震災の後に神戸で慰安のコンサートを催し、アンコールで涙を流しながら演奏したエピソードもあります。
指揮者の小澤征爾とは非常に仲が良く、この演奏も阿吽の呼吸なのか、彼らしさが最高に引き出された、非常に伸びやかで艶っぽい演奏です。

これだけの名演が、こんな値段で買えてしまうことが、なんだか心配にすらなります。。
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日本を代表するコロラトゥーラ

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…


愛しい友よ~イタリア・オペラ・アリア集
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ドレスデン国立歌劇場が来日し、R・シュトラウスの「ばらの騎士」を公演しました。
指揮者の交代や歌手降板などのハプニング、公募で選ばれたワンちゃんが舞台に登板など、話題の多い公演でしたが、この舞台に立った唯一の日本人が、ゾフィー役の森麻季さんです。

森麻季さんは日本を代表するソプラノ歌手で、「コロラトゥーラ」という細かくて美麗な装飾を施した旋律を歌える方です。名門ドレスデンで舞台に立ち、今回の日本公演にも合流しました。

実は彼女自身が言う通り、彼女の声にはある種の限界があるとも言えます。
私は、それが彼女の個性だと感じています。


今回のゾフィーは森麻季さん。
栄えある凱旋公演でしたが、少し緊張気味?
透明感のある声なんだけど、周りの歌手たちと比べると、やはり声量不足は否めません。
ただ、この日1階で聴かれたyokochanさんは、「よくとおる声だった」と仰っていましたので、席の関係かもしれませんね。
ETUDE 2007年11月より引用】


持ち前の美声からヴィブラートを抑えたピュアな発声によって曲の美しさが浮き彫りになり、一途に歌詞に向き合った歌唱によって深く切実でスピリチュアルなメッセージを聴く者の心に直接届けます。大げさな虚飾を排した真摯さ・誠実さが最高の表現に結実する、森麻季ならではの「表現」世界が、ここに結実しました。
森麻季姫のニューアルバム - TEAROOM NODOKA楽天広場店より引用】



タグ:森麻季
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2007年07月23日

組曲「展覧会の絵」原典版

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

組曲『展覧会の絵』ソフィア・リサイタル

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組曲「展覧会の絵」
モデスト・ムソルグスキー
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
1958/02/25

Pictures at an exhibition
Modest Petrovich Mussorgsky
Sviatoslav Teofilovich Richter(Piano)
1958/02/25



ラヴェルによって西欧に受け入れられ、一躍人気を博するようになったため、ピアノ編の方も日の目を見るようになりました。が、先述のように荒削りであったのと同時に、演奏が難しい「難曲」であったため、なかなか弾ける人がいません。

そうした中、以前紹介したこともあるロシアのピアニスト、リヒテルのレコードが大きな役割を果たします。

今でこそ、リヒテルといえば伝説のロシア三大ピアニストとして不朽の名声を刻んでいますが、このレコードが録音された当時、「東側」ソ連のピアニストであったリヒテルの演奏は、「西側」に属する欧米、日本では滅多に聴く事ができませんでした。
1958年ブルガリアで演奏された『展覧会の絵』がレコードとして西側でも入手できるようになりました。
リヒテルという巨匠の演奏に高い評価が集まりましたが、その時に彼が演奏したのが、先述のリムスキー=コルサコフ版ではなく、ムソルグスキーによる原典版だったので、これによってピアノ版=原典版という認識が広がっていきました。
それまでは難点、欠点でもあったロシア風の泥臭さ、荒削りな点が、それからはロシアのエキゾチズムという魅力として受け入れられるようになったのです。

この演奏、「ソフィア・リサイタル」と呼ばれ、伝説にもなっているくらい重要な演奏なのですが残念ながら廃盤が続いています。
この2007年9月末に、HMVから発売されますので、気になる方は今から予約しておいてみては。¥1,200のようです。
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2007年04月01日

展覧会の絵(ラヴェル版)

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

展覧会の絵(ピアノ&オーケストラ版)
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組曲「展覧会の絵」
モデスト・ムソルグスキー
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ラザール・ベルマン

Pictures at an exhibition
Modest Petrovich Mussorgsky
Herbert von Karajan
Berliner Philharmoniker
Lazaŕ Naumovič Berman(Piano)


ムソルグスキーは、いわゆる『ロシア五人組』という呼ばれ方をしていますが、西欧の模倣ではなく民族的な性格をもった国民音楽を作ろうとしていたムソルグスキーの作品は、西欧の感性では受け入れ難いものでした。また、そもそも未完成のものが多かったので、彼の作品が世界に知れ渡ることが稀でした。

1922年にフランスのモーリス・ラヴェルがをオーケストラ用の編曲をしたことで、『展覧会の絵』を我々は知るようになったと言っても過言ではないかも知れません。

ラヴェルは「オーケストラの魔術師」といわれ、オーケストラから多彩な音色を引き出す才能に恵まれていました。指揮者クーセヴィツキーの依頼を受けたラヴェルは、この曲の持つ多彩な和音の可能性に触発され、二つ返事で答えています。
泥臭い原作とは打って変わった、ラヴェルらしい華やかで洗練された音楽に変容を遂げたので、全く新しい作品に生まれ変わったようなものです。
だれが聴いても、ラベル編曲の「展覧会の絵」はムソルグスキー作曲じゃない。たとえていうなら、ピカピカの超合金のロボット人形、砂糖菓子で飾られた複雑な模様のデコレーションケーキ、プラモデル。
展覧会の絵:解説(1)より引用】

今回は、このラヴェル版とピアノ版を、廉価で聴き比べられる、カラヤン&ベルリン・フィルの演奏をご紹介します。

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2007年03月24日

組曲「展覧会の絵」リムスキー=コルサコフ版

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

組曲『展覧会の絵』ポゴレリチ
画像クリックでCD情報が見られます。

組曲「展覧会の絵」
モデスト・ムソルグスキー
イーヴォ・ポゴレリチ
1997/02

Pictures at an exhibition
Modest Petrovich Mussorgsky
Ivo Pogorelić(Piano)
1997/02


誰もが耳にしたことのある「展覧会の絵」ですが、この組曲には多少のエピソードがあります。

展覧会の「絵」ですが、この「絵」は、ムソルグスキーの友人であるヴィクトル・ハルトマン(ロシア読みだとガルトマン)という建築家・画家の「絵」です。
ガルトマンは病気で急死してしまったのですが、ムソルグスキーは彼の体の異常に気づきながら軽視した事を後悔する手紙を残しています。
ガルトマンの遺作展が1874年2月に開かれ、400点の遺作が展示されました。ムソルグスキーも訪れ、そこで友人の記憶にインスパイアされ、2-3週間足らずで一挙に作曲したのがこの組曲です。
その中の10点を取り上げています。

―原典版―
「展覧会の絵」はムソルグスキーの生前は一度も演奏されず、出版もされませんでした。
ムソルグスキーはアルコール中毒と生活苦により衰弱してこの世を去りました。

―リムスキー=コルサコフ版―
最初にこの組曲が日の目を見たのは、同じロシアの作曲家リムスキー=コルサコフが遺稿の中から発掘したおかげです。
リムスキー=コルサコフの改訂がかなり加わった『展覧会の絵』のピアノ譜が1886年に出版されました。
このピアノ版は「リムスキー=コルサコフ版」として、原典版とは区別されています。

ムソルグスキーの原典版があまりに荒削りであり、また当時の感覚では非常識な部分があったため手を加えたようですが、
リムスキー=コルサコフがこの曲の価値を認識していたからこそ出版した訳で、彼の功績は大きいと言えます。

リムスキー=コルサコフは1886年、やはりスタソフの助力を得て「展覧会の絵」の出版にこぎ着けるが、この出版譜にはリムスキー=コルサコフの手によって大幅な改変が加えられていた。ムソルグスキーの書法が当時としてはあまりにも大胆で、一般には受け入れがたいと判断したためだとされている
展覧会の絵・プログラムより引用】

異端児の香りのするこの曲、今となってはすっかり市民権を得てしまい、ピアノ版もたくさんのCDが出ています。折角なので、「天才にして異端児」ピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチの名演で楽しんでみませんか?原曲の泥臭さとはまた違った、別の意味での異様さを醸し出しています。テンポを大胆に落とし、40分もかけて、この曲に対する新たな問いを切々と語りかけてくるかのよう。これだけ大胆な解釈を前面に打ち出しておいて、感銘を与えられる出来に仕上げられる器量は半端ではありません。

ポゴレリチ氏といえばどうしても思い出してしまうのが、第10回ショパンコンクールに関するあの事件。第3次予選で落ちてしまったポゴレリチ氏の評価に不服とし、あのマルタ・アルゲリッチさんが「彼は天才よ」と怒って審査員を降りてしまったという話はあまりに有名なはず。確かにポゴレリチ氏、演奏中にガムはかむわ、独特の衣装だったりと異端児ぶりを思いっきり発揮していたようであるが、あれからすっかり話題の人となってしまった。
NHK「芸術劇場」ポゴレリチ氏インタビューより引用】
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2007年03月16日

フルトヴェングラー指揮 ベートーベン交響曲全集

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

交響曲全集 フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル、他
画像クリックでCD情報が見られます。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
1948-54

Ludwig van Beethoven
Wilhelm Furtwängler
1948-54


前回、フルトヴェングラー指揮のベートーベン交響曲第九番(バイロイト音楽祭)を紹介しました。
今日は、その演奏を含む、フルトヴェングラー指揮の交響曲全集を紹介します。

ワインや自動車とは違い、クラシックCDは演奏内容によって価格が変わることがありません。むしろ評価の高い演奏ほど繰り返し送り出され、廉価版にもお目見えすることができます。
クラシック音楽の知識体系としては、最高峰に位置づけられるこの演奏も、9曲あわせて5,000円足らずです。
フルトヴェングラー、ベートーベン、交響曲というキーワードが散りばめられたこの演奏が、クラシック音楽全般を見渡す足がかりになるはずです。
「全集」として販売されていますが、指揮者は全集を作るつもりで演奏した訳ではありません。EMIが単発の演奏を集めて、全集にまとめたものです。
フルトヴェングラーは演奏の録音に積極的でなかったので、殆どの録音はいわゆるライブ録音です。各地に残っているライブ録音のマスターから、沢山のCD(やLP)が発売されてきました。 この全集の第二番、第八番の音質には難がありますが、録音の価値に違いはありません。
「イタリアEMIのベートーベン全集」、これも素晴らしいアルバムです。まだ全曲を聴いたわけではありませんが、おそらく誰が聴いても納得する素晴らしい音質だろうと思います。特に52年の「英雄」、54年の「運命」等は私も改めて魅了されました。
ETUDE フルトヴェングラー バイロイトの第九より引用】
この曲にはバーンスタイン(グラモフォン)や朝比奈隆(キャニオン・クラシックス)によるオーソドックスな名演 とか、ガーディナー(アルヒーフ)やノリントン(ヘンスラー)による現代的・鮮烈な演奏 などがあり、それぞれ聴き比べると大変面白いのだが、やはりフルトヴェングラーだけは「別格」だと思う。
バイロイトの「第9」 - 最近聴いたCDからより引用】
posted by nai at 13:40 | Comment(0) | TrackBack(1) | 名演あれこれ

2007年03月08日

ベートーベン 交響曲第九番(クラシック音楽史上最高の演奏?)

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

ベートーヴェン 交響曲第九番ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
画像クリックでCD情報が見られます。

交響曲第九番
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
バイロイト祝祭管弦楽団
1951

The Symphonie No.9
Ludwig van Beethoven
Wilhelm Furtwängler
1951


今日は、いわゆる「通説」だけを書きます。かなり断定的な文章になりますが、音楽の解釈に「絶対」はないですし、私自身も完全に受け入れている説ではありません。その点ご承知おきください。

クラシック音楽には、様々な形式の曲があります。
ピアノ・ソナタ、弦楽四重奏曲、ヴァイオリン協奏曲、前奏曲…。
それらの中で、最高峰と位置づけられるものは交響曲です。
その交響曲の中で、最高峰とされるものはベートーベンの交響曲です。
ベートーベンの交響曲の中でどれが最高峰でしょうか。「第九」でしょう。

また、交響曲を演奏するオーケストラにも序列があり、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(BPO)が最高、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が対抗馬とされています。

では、指揮者にも序列はあるのでしょうか。
指揮者にも不文律の序列があり、最高峰に立つ指揮者は1954年に没したフルトヴェングラーだと言われています。

ということは、フルトヴェングラーが指揮したベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるベートーベンの交響曲の演奏が、この地上で最高のステータスを持つことになります。

そうはいかず、1951年7月29日、バイロイト音楽祭でフルトヴェングラーが指揮した「第九」のイタリアEMIによるライヴ録音が名盤としての最高峰と位置づけられています。この評価はかなり定着しています。

今日はその一枚をご紹介します。

バイロイト音楽祭は、作曲家ワーグナーが自らの楽劇を演奏させるために設立したバイロイト祝祭劇場で毎年開催されます。
1951年に当時の運営者ヴィーラント・ワーグナー(作曲家ワーグナーの孫)がフルトヴェングラーやカラヤンに出演依頼を出しましたが、フルトヴェングラーは大嫌いなカラヤン(無礼な若造)が出演することを知って激怒し、一度は出演を断ります。
熱心に要請され、ついにオープニングコンサートでのベートーヴェン交響曲第9番のみを指揮することになったのですが、それが歴史に残る最高の演奏になった訳です。

フルトヴェングラーの持ち味は、フォルテからピアニッシモまでの幅が極めて広く、テンポの緩急が他の演奏家に比べて非常に多いことです。
否応なくその音楽の波に揺さぶられてしまい、熱狂的なファンになる人がとても多いのです。
曲の終結に向かって急速にテンポを上げていく高揚感や、反対に、今にも止まりそうなスローテンポで語りかけてくる深刻なメッセージが、聴く人の心を捉える理由ではないでしょうか。
ベートーベンの第9と言えば、世間的にはベートーベンの最高傑作とされ、同時にクラシック音楽の最高峰と目されています。

しかし、その実態はベートーベンの最高傑作からはほど遠い作品であるどころか、9曲ある交響曲の中でも一番問題の多い作品なのです。
リスニングルーム::ベートーベン:交響曲第9番より引用】
この記事を読んだ方から、この歴史的な演奏を刻んだCDを評価したサイトを教えて頂きました。
クラシック音楽における「モナリザ」的存在なので、こういった研究の対象になる訳です。
CDの聴き比べも楽しいですし、こういった「研究」の読み比べもまた楽しいのです。
ベートーヴェンの第九といえば,フルトヴェングラーが1951年にバイロイト祝祭管弦楽団と合唱団を指揮したものが,名盤とされています.この名盤はイギリスのEMIが版権を持っています.グラモフォンではなく,何故EMIだったのでしょうか?その背景には敗戦国ドイツと,ナチスへの協力が疑われたフルトヴェングラーの悲劇がありました.
花崗岩のつぶやき:中川右介:カラヤンとフルトヴェングラーより引用】
公然とカラヤンを嫌い嫌がらせをするフルトヴェングラー。そのためにベルリン・フィルからもウィーン・フィルからも、そしてザルツブルグ音楽祭からも締め出されるカラヤン。
平井康文の音楽ナンダカンダ: カラヤンとフルトヴェングラーより引用】


posted by nai at 21:52 | Comment(0) | TrackBack(1) | 名演あれこれ

2007年03月01日

ベートーベン 交響曲 全集 vol.1

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

ベートーヴェン 交響曲全集 ゲオルク・ショルティ指揮 シカゴ交響楽団
画像クリックでCD情報が見られます。


交響曲全集
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
ゲオルク・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団
1972-74

The Symphonies
Ludwig van Beethoven
Georg Solti
Chicago Symphony Orchestra
1972-74


指揮者にとって、交響曲全集を仕上げることは重要な仕事です。
今回はベートーベンの全集をとりあげます。
ベートーベンの印象が「暗い」「怖い」「気難しそう」という方は、音楽室の壁に貼ってあった肖像画の印象が強いのではないでしょうか。
「のだめカンタービレ」ブームで第3番や第7番を聴かれた方は、ベートーベンの印象が随分と変わったのではないでしょうか。
「情熱的」「力強い」「カッコいい」などのように。

ベートーベンの書いた音楽は、決して難解ではありません。
人生経験がまだ深くない年齢でも、ベートーベンを理解することは比較的易しいでしょう。

ベートーベンの交響曲は、指揮者次第で印象ががらっと変わる傾向があります。
今回紹介したショルティは、とにかく楽器を良く鳴らし、楽譜どおりの演奏にこだわる指揮者です。
爽やかな後味が残ります。

とにかく楽器を良く鳴らし、オーケストラの音量の力と機動力を最大限に利用したような指揮は、ショルティの指揮スタイルの1つである。シカゴ交響楽団でショルティが作った音は、ウィーン・フィルの木管の深い響きよりは弦楽器や金管楽器の力を感じさせる。
ゲオルグ・ショルティ - Wikipediaより引用】
ショルティの英雄というと,シカゴ響との2度の全集録音前にもウィーンフィル と録音していて,ショルティらしいきびきびとした演奏でした。ベートーヴェンの 交響曲の中でも「英雄」はショルティ向きの曲なのかな
ショルティ&NDRの英雄交響曲のライヴより引用】


posted by nai at 01:39 | Comment(2) | TrackBack(0) | 名演あれこれ

2007年02月20日

ドヴォルザーク 交響曲第9番 「新世界より」 vol.2

クラシック音楽の歴史に残る名曲・名演奏の中から、今回取り上げる1曲は…

ドヴォルザーク 交響曲第9番 新世界より
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交響曲第9番 「新世界より」
アントニン・ドヴォルザーク
レナード・バーンスタイン指揮
ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団
1962/04

Symphony No.9 in E minor, Op.95 "From the New World"
Antonín Leopold Dvořák
Leonard Bernstein
New York Philharmonic Orchestra
1962/04


「ウエストサイド・ストーリー」など第一級の作曲者でもあるバーンスタインの指揮。バーンスタインの若かりし日のパワー溢れる演奏です。
テンポの緩急が際立って大きい、特徴のはっきりした演奏になっています。

目まぐるしい都市生活、プレーリーのノスタルジックな情景など、新世界アメリカそのもののエネルギーを感じさせる点で、その中にいる作曲家の隠れた意思が垣間見える演奏なのです。

この「新世界より」には、何か底深い不安、暗さが漂っていると感じる人は多いようです。
動機の定まらぬままに渡米し、何かアメリカに溶け込めず疎外感のあった作曲家の心情が、美しいメロディーの底辺で響いているのが聞こえるのです。

かなり主観的なお話をしてしまいました。
「新世界より」は、なかなか客観的に語りにくい曲です。

posted by nai at 01:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 名演あれこれ
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